森夢幻師(五色園の創設者)

「昭和の親鸞」と尊敬される
仏教の伝道師

森夢幻(もりむげん)師は昭和9年(1934年)に、現在の愛知県日進市に「五色園」を開山され「昭和の親鸞」と尊敬されている仏教の伝道師。

森夢幻の立像

▲森夢幻師の立像

立像は「五色園」の本堂近くに建てられています。正確な大きさは分かりませんが台座を含めると8メートルくらいはありそうです。森に囲まれた場所にあり、たいへん立派なお姿です。昭和39年(1964年)に建立されています。台座が非常に大きいのは納骨堂を兼ねているためのようです。「森夢幻」の名は法名だと思いますが詩人を連想させるお名前ですね。

「五色園」は他の寺院に比べ伽藍も少なく、宗教色は控えめな印象を受けます。ありのままの樹木や草木が多く残された環境です。勝手な想像ですが自然を愛する方だったように思います。

経歴について

「森夢幻師」については資料が少ないようです。立像の台座側面に刻まれている略歴は下記のとおりです。

  • 明治19年(1886年)5月:愛知県葉栗郡東浅井町(現在の一宮市浅井町)の農家に生まれる。
  • 明治30年(1897年):漢学(※1)を6年間学ぶ
  • 明治35年(1902年):法政大学(※2)を卒業
  • 大正12年(1923年):教授生活より佛門に入る
  • 大正13年(1924年):熱心な布教により全国の信者数は約30万人
  • 昭和9年(1934年)7月:日本で最初の宗教公園「五色園」を創設(※3)
  • 昭和37年(1962年)2月25日:77歳でご逝去
  • ※1:江戸時代の中国思想、漢詩文など
  • ※2:現在の大学設置前の前身のころ
  • ※3:開山当時は日進村

略歴には佛門(仏門)に入ったと記されています。確認はできませんでしたが出家ではなさそうです。親鸞聖人も「非僧非俗=僧でもなく俗人でもない、またその反対という解釈もあり」ともいわれ、共通するところがありそうですね。

立像の写真

森夢幻師

▲立像の場所は本堂近くで、道路を挟んだ右側の石段を上がります。緑に囲まれ訪れたときはウグイスが鳴いていました。(拡大表示します)

森夢幻師

▲建立されてから2024年で60年です。(ご逝去されてからは62年)右手に持たれてるのは仏具のひとつで、中啓(ちゅうけい)と呼ばれる扇子かな。優しい表情をされています。(拡大表示します)

浅野祥雲氏の塑像作品

「五色園」の魅力に園内に広く分立する「浅野祥雲」氏のコンクリート塑像。塑像制作は1930年(昭和5年)ごろからということで、公園創設の少し前から始まっているようです。森夢幻師の構想に初めからあったのではと想像します。また制作は名古屋市熱田区にあった工房のようで、かなりの重量があるコンクリート塑像を牛車に載せ、直線でも15km以上はある場所まで運び、重機もほとんどない時代に設置するのは、たいへんだったと思います。(日進市の資料を参考にしています)

同氏は1891年生まれで、森夢幻師より25歳年下ですが同じ明治生まれの方です。どういったご縁かは分かりませんが、おふた方の想いは100年近くたっても受け継がれていますね。

  • 信行両座(五色園)

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これまでに写真に残した塑像を掲載しています。無学なゆえ親鸞をはじめとした浄土真宗のことは詳しくないですが、同園と作品群は”潜在記憶”と既視感を刺激されます。

浅野祥雲の塑像作品